妊娠・出産

妊娠・出産の回顧録【一人目】

妊娠・出産の回顧録【一人目】

こんにちは。5人のママのはるちです。

5人目は高齢出産でした。20代で二人、30代で二人、そして40代で一人と経験しています。

どの年代も色々とありますが、一応はどの出産も安産です。安産でしたがなんといっても3番目、5番目は大変だった記憶があります。

それぞれの出産のことをこれから書いて行こうと思っています。今回は1人目・長男君の時のことです。

それぞれの出産

1人目は何もかもが初めての経験

1人目はどれも初めてのことで自分の体の変化も含め、すごい経験をしたと思っています。

1人目妊娠は私を救ってくれた

妊娠が分かった時、働いていた会社で壮絶な虐めにあっていたこともあり悩んでいた時期でした。(後にこのときは大殺界だったと知る)

毎日がストレスで眠れなくなり、上司にはパワハラを受け、周りも無視。今ならば文句のひとつも言えるのですが、当時は最年少で働いていたこともあり色々とガマンの連続でした。

その虐めは私が結婚したことが発端になったと思います。

職場はいわばほぼ女性。そして年上の方は独身がほとんどでした。(当時、社員10人ほどのベンチャーで働いていて男性3人(営業)、女性7人(実務)でした)

入社した頃はすごく可愛がってくれた上司。それが結婚すると報告してから態度が変わっていくことになります。

あること無いコト言いふらし、そして周りは完全に私を避けるように。職場で一斉に無視が始まります。(話してくれるのは営業の男性と派遣で来てた女性だけでした)

結婚後、そのいじめの元になった上司は私に言います。

『仕事辞めろ』と。

今で言うパワハラです。思い出すだけでもモヤっとするのですが、当時は泣くことしか出来ず。今ならば絶対に訴えていると思います。

夫に話すと、転職したらいいよと言ってはくれていたものの負けず嫌いな私は、ここで辞めたら悔しい、なぜ私の方が辞めなければいけないのか?と職場に居続けました。

そして虐めも続いたままもう耐えられない!と思っていた時に発覚した妊娠。

すると不思議なことが起こります。 

今まで会社に行くことが辛くて部屋に入るにもドキドキして呼吸が荒くなっていたのに、妊娠がわかった途端に平気になったんです。

私には守らなければいけないものがある、そう思えただけで自分自身が強くなりました。

彼女達のために悩むなんてばからしい、私はこの人たちのために生きているのではなくこの子のために生きていかなければいけないのだからと考え方が変わったのです。

大げさに聞えるかもしれませんが、1人目は私を救ってくれた救世主。

ただ、ストレスはずっとかかっていたのか切迫流産も経験しすごく不安な妊娠初期を送りました。

産休に入り、出産後に会社を辞めたのですが、その時に虐めていた上司にお礼と言いたい事を言ってやめました。妊娠中の私を虐めていた上司ですが・・・

風のたよりで後々に入社してきた社員たちに嫌われて孤立してしまっていたとか。

因果応報、人生そういうものだと思いました。

一人目は本当に私を救ってくれた宝物です。

前置きが長くなりましたが、一人目の出産時は陣痛ってわかるものなの?と思っていたわたくし。

心配無用でした。陣痛はすぐにわかります。そのくらい衝撃的な痛さでびっくりしました。

里帰り出産だったのですが、親が側にいることは心強く感じはしました。が駆けつけてくれた夫のお顔を見た瞬間すごく安堵したのを覚えています。

陣痛はわかるものなの?

初産の時に思う事。

『陣痛ってわかるものなの?』

これは・・・わかります。痛みが全然違います。定期的に痛みの波があるので間違えることはまず無いような気がします。(前駆陣痛で迷う人は居るかも?)

私の場合は、朝からちょっとお腹が重たいなと思っていたのですが、4時くらいになんだか定期的に痛くなるな・・・と思っていてこれは!と思ったのが夕方5時頃。

37週の時でした。

ちょうど前日に健診があり、内診されたときに『今週はまだかな』と言われていたのでまだまだかぁ・・・と思っていたら、でした。

4時頃は前駆陣痛というやつなのか?と思っていましたヨ。

『まだ出てこないでしょう』という言葉はあまりアテにならないので、正期産になったら準備だけはしっかりとしておいた方がいいと思います

そしていよいよガマンできなくなってきたのが午後7時頃。

母親の車で産院まで連れていってもらいました。時間にして15分ほどの場所ですが陣痛は10分感覚になっていたと思います。

初産は時間がかかる

10分感覚になったところで産院へ行ったものの・・・ここからが本当の戦いでした。

かつてない痛みが襲ってきます。

10分に1度やってくる凄い痛み。押し上げてくるようなギュギュっとしたものから徐々にその痛みも変化していきました。

7分間隔・・そして5分間隔へとなっていきます。

もう無理!と思い泣きそうになっているところで助産師さんが『内診してみますね』と。

やっとか。゚(゚´Д`゚)゚。と思ってプルプル痛みで震える足を頑張って開きます。

そして告げられた心折られる言葉。

『ん~今5センチくらいかな もう少しかかるね』

初産はとにかく全開大まで遠い道のりの人が多いと思います。何度心折れそうになったことか。当時は臥位になって背中をさすってもらっていたのですが、後に早くお産が進む方法を自分で学んでいきます(笑)

恐怖の会陰切開は痛くなかった

分娩台に乗りいよいよ!という状態になったのですが、もう憔悴状態。でもここからまた長い戦いに突入します。

もう少し!というところで赤ちゃんがおりてこなくなりました。

時間は11時まわっていたと思います。

隣でもお産が進行していたようで、『もう無理!生みたくない! ぎゃ~~~~~~~』と発狂する声が聞えてきます。

私の心の声か!!!と思っていました。その方は前日から頑張っていた方だったと後で聞き、私は気が遠くなりました。

あの痛みをずっと経験されていたのか・・・と。

そして最後。。。出て来る場所が狭いので会陰切開をすると告げられます。

このとき麻酔なし。

麻酔ナシで切ると言われればかなり恐怖ではあるのですが、不思議なもので陣痛の時は何でもいい、早く出るなら切ってくれ!状態。

そして切られた時は・・・

(あれ?今切った?)

プチップチッと2箇所か3箇所かよくわからないけれど切られたのは分かりましたが、陣痛の痛みの方が強く切られた痛みは全くありませんでした。

ある意味、陣痛の痛みというのは最強だということでしょうか。

だって、切られた痛みすら感じない。

びっくり体験でした。

そして生まれた息子は2700g台で元気な泣き声を聞かせてくれました。

陣痛かな?と思ってから生まれるまで7時間半。

『安産でしたね』と言われ、これで安産なの!?と感じたことは忘れられません。

『もう二人目無理』と強く思った日でした。

生まれてからの痛みとの戦い

翌日から退院まで、うまく座ることもできませんでした。

会陰切開の部分がとにかく痛い。さらには息んだ時に出てきたのか痔も出たようです。

円座は産院にあったので借りれたのですが、授乳時は本当に辛かったです。

抜糸後に若干よくなったものの、この会陰切開の痛みはかなり長く1ヶ月以上も引き摺りました(T^T)

そしてこれは思い出すだけでも恥ずかしい出来事・・・

痔のせいでお尻のほうがしまりがなかったのでしょうか・・・歩いてトイレに行く時に『ぷぅ~~~~っ』とおならが出てしまいまして。゚(゚´Д`゚)゚。

それを夫に聞かれたことは本当に恥ずかしかったです。同じような人いらっしゃるかしら。。。

胸もガチガチで乳首も痛い

さて、生まれてからすぐに母乳・・・なんてうまくいくことはありませんでした。

イメージでは出産したら母乳がちゃんと出ると思っていたのですが、思いの他苦痛だらけ。

陥没乳頭なわたくし。

子供がうまく吸うことができずに苦戦します。乳首は切れるわ裂けるわで泣きながら1日中吸わせました。

出ないのに胸はガチガチ。かつてない巨乳に喜んだのもつかの間でした笑

  • 保護クリームは必需品
  • 可能な人は保護器でうまくいく人もいる
  • 吸わせることで母乳は出るけれど、母親が疲れていては母乳は出ない
  • 母乳神話で心身をすり減らさないで

1人目の授乳の時に感じたことです。

授乳に関してはまた別記事で書きたいと思います。

妊娠・出産というのは本当に体がガラリと変わる凄い経験だなと改めて思います。

まとめ

1人目は7時間半という安産。一般的には初産は陣痛かなと思ってから12時間~15時間の人が平均で多いのだとか。

確かにそれに比べたら早いのかもしれません。

会陰切開も経験し、痔とのダブルで苦しみました。

会陰切開すると1ヶ月以上は何かしら苦痛が伴うと思います。

そして1人目出産直後はあまりの壮絶さに『もう2人目無理かも』と強く感じましたが・・・はい、5人出産してます。

実は痛みというのはなぜか忘れてしまって『痛かった』という記憶は残るものの『二人目欲しい』という気持ちにも自然となっていきました。

また二人目出産についても書いて行こうと思います。

二人目もそれなりの出来事がありました・・・。

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